danceintent’s blog

定年後 元気なうちに海外生活

オスメニャサークル 今昔

今からちょうど百年前 米植民地時代に スペイン植民地時代の狭くてごちゃごちゃしたセブ市街地から 山の手に向けて米国式ニューシティ造りが始まった
 
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1912年当時の企画設計図があった
市街からキャピトル(州政府議事堂)まで ジョーンズ通り(現在のオスメニア通り)を通し 水道施設の中間地点として噴水 道の両側に セブ駅 学校 病院 図書館を配している  
2次世界大戦が始まって この企画実施は変更を余儀なくされる
 
 
 
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企画設計図の基となる 1913年製 セブ市街地図 
鉄道と駅 学校等と共に キャピトルまでのジョーンズ通りの予定線も描かれている
 
 
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戦前のオスメニャ噴水
 
 
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憩いの公園だったことが分かる
 
 
 
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戦前のキャピトル(州政府議事堂) ホワイトハウスを模して1938年落成
周辺は公共建物の建設用地が整然と確保されている
 
 
 
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1950年代 オスメニアサークルから議事堂の空中写真
ニュータウンが しっかり形成されている
 
 
 
 
 
 
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今のオスメニアサークル 12月に入って 連夜セブ市主催の催しが開催されている
この夜のステージは セブダンススポーツクラブの 独占ショータイム
 
 
 
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司会のパールマリー ダンススポーツクラブ員14歳  国内ジュニアチャンピオン
容姿・才能・技術・人柄 全て備えていて 女性クラブ員からは羨望の的ですと
 
 
 
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1時間半のショーが終って ポーズを取る アン ラーク 両インストラクター 
 
  
 
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練習スタジオでも 食堂でも 仲の良い仲間達