今からちょうど百年前 米植民地時代に スペイン植民地時代の狭くてごちゃごちゃしたセブ市街地から 山の手に向けて米国式ニューシティ造りが始まった
1912年当時の企画設計図があった
市街からキャピトル(州政府議事堂)まで ジョーンズ通り(現在のオスメニア通り)を通し 水道施設の中間地点として噴水 道の両側に セブ駅 学校 病院 図書館を配している
第2次世界大戦が始まって この企画実施は変更を余儀なくされる
企画設計図の基となる 1913年製 セブ市街地図
鉄道と駅 学校等と共に キャピトルまでのジョーンズ通りの予定線も描かれている
戦前のオスメニャ噴水
憩いの公園だったことが分かる
周辺は公共建物の建設用地が整然と確保されている
1950年代 オスメニアサークルから議事堂の空中写真
ニュータウンが しっかり形成されている
今のオスメニアサークル 12月に入って 連夜セブ市主催の催しが開催されている
この夜のステージは セブダンススポーツクラブの 独占ショータイム
司会のパールマリー ダンススポーツクラブ員14歳 国内ジュニアチャンピオン
容姿・才能・技術・人柄 全て備えていて 女性クラブ員からは羨望の的ですと
1時間半のショーが終って ポーズを取る アン ラーク 両インストラクター
練習スタジオでも 食堂でも 仲の良い仲間達