danceintent’s blog

定年後 元気なうちに海外生活

セブ師範学校今昔

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1902年創設 Cebu Normal School セブ師範学校
日本軍が 憲兵隊司令部として接収 ゲリラの収監・拷問が行われた

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建物は戦後も ほとんど無傷で残った
 
 

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現在の CNU ( Cebu Normal University ) 常設の博物館に行って見た
入口階段に なぜか 等身大の看板が多数 置いてある

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入口を入って 1階の廊下
 
 

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階段を登った 2階が 博物館


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入口に掲示されていた スペイン統治以前の ビサヤ族の酋長夫婦
夫婦とも 首 腕 腰 足にまで 金製品を付けまくっている 衣装は絹
ミンダナオ島北部で 金がふんだんに採れたことを示している


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麻袋製キャンバスに描かれた油絵 「田舎の道」 by Jose Ignacio

・ 最初の写真に写っている 白のワンピースの制服も展示されていた
・ 日本兵の強姦現場の絵やら
・ 憲兵隊幹部の愛人となり 20数名の収監者を助け出す手引きをした
正規ゲリラ軍人だった女性の写真やら 
(彼女は正体が発覚する寸前 憲兵隊幹部を毒殺し原隊に復帰)
・ 収監された人達の写真と経歴
・ 「収監された人達の情報をお持ちでしたら お知らせ下さい」
との 現在進行形の情報提供依頼文 もありました 
・ 昭和天皇の降伏文書もありました
 
 
はあーっ
そんな 過去を紐解いていて 窓の外を見ると 
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女子大生が あちらにも こちらにも
 
博物館見学の後は 学生食堂で遅い昼飯
周りは女子大生ばかり 
 
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同じテーブルに居た 3年生達に聞いてみた
この大学の男女比率はどのくらい?  9対1ですと
あなた方のような先生に習う生徒は 幸せですね  
 
 
 
 
「 戦争は悲惨なもの 」
「 二度と戦争を起こしてはならない 」
と 常々教えられて来ました 
「 戦争をしてはいけない 」 は 日本の常識と 言っていいでしょう
 
しかし 日本の常識と 世界の常識は 違います
世界の常識は 「 自国存続のため 戦争を含め あらゆる手段を講ずる 」 です
 
日本は明治以降 中国 ロシア 欧米列強と 戦争を続けてきた
 
世界各地で 国同士が戦争をしていた 帝国主義的植民地支配の時代
先進諸国と わたりあい 国の存続をかけ 
先進諸国の常識を 実践したと 言っていいでしょう
 
しかし 
民族 宗教 文化で 長い交流を続けて来た 欧米各国が牛耳る国際社会 に
極東の新参者 アジア民族が 入って行っても 受け入れられる訳がありません
 
じわりじわりと のけ者にされた挙句 にっちもさっちも行かなくなり
ぶっちぎれて 戦争 ということです
<!
 
敗戦後 軍隊を使わない 経済戦争で 存続を図ってきた日本
再び じわりじわりと のけ者にされています
TPPなんぞ得体の知れないものに縛られて にっちもさっちも行かなくなった時
どうしますか ? 
 
なぜ 日本は こうなるのでしょうか
 
日本人が 世界で アジアで 相変らず 異質だから ???
日本人が 他より 良くできるのが 恐怖で 憎たらしいから ???
 
日本存続のためには 地道な国際交流に勝るものは ないでしょうね